神戸北ロータリークラブの歴史

               
神戸北ロ一タリークラブ40年の歩み
        チャーターメンバー  坂田和夫
        2014年4月18日記


 神戸北ロータリークラブは、昭和49年4月12日に神戸国際会館におきまして、神戸西クラブ さんがスポンサ一クラブとなって`神戸市兵庸区から分区した北神地区をテリトリーとする新クラブとして、創立総会を開催して、今年の4月で40年を迎えることが出来ました。武貞特別代表はじめ、神戸西クラブの世話人の皆様には厚く御礼申し上げたいと存じます。
 私共のクラブでは、昭和49年5月28日に国際ロータリーから加盟クラブとして認証され、翌50年5月17日にはスポンサークラブの御指導{こより、地区内のクラブロータリアンの皆様にご案内して、当日会員22各とその家族は、会場の国際会館大ホールの舞台で、平島ガバナーから認証状の伝達を受け、太田会長が会員紹介として全員が名前を呼ばれ、その時の晴れがましい様子は、現在も在籍してしいる4人のチャーターメンバーの記憶にはっきり残っております。
 神戸北ロータリ一クラブとして、はじめて国際ロータリーで体験したのは、49、50年度アメリカからシンシアフーブラ嬢をロ一タリ一財団奨学生としてお預かりし、そのホームステイのお世話を、50,51年度同じくオレインテドリック嬢のホームステイのお世話を経験しました。
 例会場は昭和50年8月鈴蘭台の銀行から新開地ヘ乗り入れになった神戸電鉄本社の6階に移りました。
 創立1年で私達会員は、はじめて神戸分区ICGFに家族と共にこ会の設営やお土産の準備をしたり、お客様を迎えたりしていて、会員同志の親睦に家族の参加が欠くことが出来ない大切なことを実感し、その後、家族と共に集まる時には、御夫婦が壇上{こ立って幹事がロスターに基づいて詳しくご紹介し、参加した会場で会員や御夫人を一人ぼっちには決してしない、周りの会員が声をかけることの大切さを実感すると共に、ご家族の参加費は毎期会費と共に15,000円を全会員が負担することを決め、その当時、家族会で御夫人の参加が多かったことを思い出します。
 53,54年度は、クラブ5周年を記念して社会華仕をしょうと、北区役所と相談し、北警察署にビデオ装置一式、54年には北区公会堂{こビアノ1台を、北警察署ヘミニパトカー1台を寄付しました。日帰り家族旅行として篠山万面へまつたけ狩りと立杭焼工房の見学をしました。
 昭和55,56年には、淡路ヘ鳴門大橋が出来て、渦潮見学と家族が福良で一泊しました。社会奉仕で何か文化事業をとの意見で、北公会堂ヘ神戸大学 岩村昇教授をお招きしての「ネパールでの医療活動」の映画と講話の会を開きました。
 57,58年度には、北区公会堂ヘ「子供の教育として」と題して申南女子犬の鰺坂教授をお招きしてしいます。この年、恒光会員がお世話なさる神戸中央病院の看護学校生徒を対象に、当クラブははじめてローターアクトクラブの設立がありました。
 58,59年度は、京都嵯峨野への日帰り家族会を開きました。
 59,60年度には京都宇治平等院ヘの日婦り家族会を開きました≠アの年の講演と映画の会は、岡場の北区民文{センターに有馬クラブさんの御協力を得て、聖路加看護大学の日野原重明先生の「老人医療のお話」 で550名の御出席がありました。 
 61,62年度は、台南RCの例会訪間で会員16名家族6名の出席がありました
 62、63年度は、ビクトリア香港RCの例会訪問で会員家族20名の出席がありました。
 62、63年度は、 ポートビアホテルに鈴木健二アナウンサーをお招きしての 「暮らしの再発見」というテーマで550名の参加がありまレた。 京都の日帰り家族会は移動例会として、賀茂川床 料理 「鶴清」 で参加者29名でした。
 63、64年度は、 クラブ15周年を記念して 「すずらんプロバスクラブ」が設立しました。 平 成21 年ブロバスクラブは、 各称は「神戸北プロバス」 として20周年記念誌を発刊されまレた。この年、隣国ソウルでRI国際大会に当クラブ会員家族13名が出席しました。 この年、ポールハリスフェロー7名が誕生しました。
  平成2年度、神戸市森林植物園で小鳥の巣と植樹を寄贈しました。 家族会を有馬向陽閣での移動例会に53名が出席しました。 この年、例会出席 率99.02%と、 地区米山功労クラブの表彰を受けました
  平成6、7年度、 神戸阪神淡路大震災で、被災会員が多く、例会場も崩壊した国際会館からハーバーランド二ュ一オ一タ二へ移動し、数年にして、 現在の新神戸のクラウンフ'ラザホテルへ例会場が移転しました。